のま!

なんとまあ・・・・


なぜか気づかなかった><


重要事実


広島に来たら、是非、エロさんの部屋で一泊してください^^
そして、気づくでしょう・・・・
エロさんは廃人だと言う事が・・・・(ぇ


んまあ、広島市内で遊ぶとしたらラウンドワンあたりかな、
(って、あそこは会員制だし><

おそらく、大阪のオフ会で
エロさんを出し抜いたムラと
愚痴りながら、何だかんだいって
みんなを引っ張るリュックンが何とかしてくれるでしょう
他人任せな感じは否めないが・・・



そういや、りゅっくんに22日東京行くの?
って言われて、困惑する今日この頃。


たぶん、行かないけど、リュックンの出方によるな・・・
リュックンはおれの出方によるっぽいけど・・・


東京にいって、急性アルコール中毒になったら
ヤヴァそうなので、もう少しお酒が強くなってからの方がよいかも・・・

お酒って飲み続けたら強くなるらしいし。



とりあえず、酒、飲もうかな・・・










暇なので
ウィキペィアフリー百科辞典より抜粋
てか
コピペだけど

SEED DESTINYの評価


主人公の扱い
本作の主人公は、前作『SEED』の主人公キラ・ヤマトからシン・アスカに変更されたはずであったが、内容的にはキラ・ヤマト及びアスラン・ザラを中心とした描写が目立った。

そのため途中から何も知らずに当作品を見ると、オープニングバック(第3期・第4期)のストライクフリーダムの描写なども相まって、引き続きキラが主人公であるように誤認される恐れがないではなかった。
そして物語後半ではシンよりキラが主役ないし主人公扱いされた回が多くなり、シンの主人公としての存在感は希薄化し、49~50話のスタッフクレジットでのキャスト順でもキラが最先頭に上ってシンは3番目に降格されるに至った。
これに対して一部のファン及び批判的な立場からは異論が続出することとなり、「製作側はシンを演じた鈴村健一に対して失礼ではないか」といった意見が噴出した。またメカニック作画監督の一人である椛島洋介までが、自身のblogにおいて「主人公はシンです」と主張するなどの珍事もおきた。

監督の福田己津央は、最終回の制作を終えてのインタビューにおいて「放送開始時から当作品で3人の主人公の物語を同時進行させるつもりであった」と語っている。
これに対して批判的な立場からは、『それ以前の福田のインタビューの内容(製作開始当初はキラ達以外の第3者の視点から戦争を描きたいと語っていた)、及び実際に描かれた物語の展開、演出からみて本作がキラ・アスラン・シン3軸の物語として描写されているとは言い難いことなどから、この福田発言は「主人公の変更・キラ贔屓・シンへの冷遇(これらの路線変更の理由が福田個人によるものか、商業的な理由によるか不明であるがどちらにしろ批判の対象となっている)」などといった批判に対する単なる言い訳に過ぎない』といった反論が見られる。



商業・話題面
前作『SEED』が大きく成功した商業的・話題的な側面では、主にキャラクターに対する人気などの面で支持を得られた一方、「物語の意味がわからない」「登場人物の思考や行動に矛盾や意味不明な点が多く、やっつけ仕事の感がある」「前作以上に総集編や使い回し(バンクや回想シーン)が目立つ」などの批判的な意見も目立ち、前作以上に物議を醸す作品となってしまった感も拭えない訳ではない。一部においては、「SEEDに便乗した駄作」とする酷評も聞かれる。

また製作スタッフ自身からも作品に対する不満の声が多く、大野木寛及び森田繁の両名が公式ページのコラムで、製作環境への批判を匂わせた発言を行い、椛島洋介に至っては自身のblogでシリーズ構成である両澤千晶を「嫁」と名指しし、両澤の仕事人としての能力・態度を批判するといった内部告発というべき前代未聞の出来事まで発生した。さらに監督である福田も後のインタビューで「次でリベンジしたい」等と述べるなど、福田自身までもがDESTINYが失敗作と考えているともとれる発言を行っている。

なお視聴率は前作より若干下回ったほか、プラモデルなどの関連商品でも初期から過剰在庫が目立つなどの報告も多く見受けられた。ただ、録画ランキングでは1位や2位を頻繁にキープしていた。



描写不足
製作の遅滞のためか今回の作品にいたっては心情の描写が少なく登場人物は葛藤せずに突然心情が変化する。 さらに今回の後半のキーワードであるディスティニープランにいたっても説明が少なく、ダコスタが持ち帰ったノートに書いてあったことのみでギルバートが何の目的でこのプランを構想したかなどは明らかにされていない。そのためキラたちがなぜ戦いを防ごうとしたのかわからずに物語が完結してしまった。




このほか、種運命の脚本家については


両澤 千晶(もろさわ ちあき) は、アニメ作品の脚本家。機動戦士ガンダムSEED、機動戦士ガンダムSEED DESTINYなどの脚本・シリーズ構成を手掛ける。『機動戦士ガンダムSEED』の監督を務めた福田己津央の妻である。「新世紀GPXサイバーフォーミュラOVAシリーズコンプリートファイル」でのインタビュー記事が正しいならば、サイバーフォーミュラOVA版のストーリーを福田氏と家で話すのを切っ掛けに脚本を任されるようになったのがプロ活動の始まりのようである。それ以前の経歴は不明だが、同人活動をしていたという噂もある。

往年のガンダムファン、特にSEEDシリーズに批判的なファンからは「(福田の)嫁」と呼ばれる。夫である福田とセットでの呼び名は「負債(夫妻)」である(主に蔑称として使われている)。

両澤の関わった脚本では、キャラクター同士の複雑な感情の絡まるような場面で、必要以上にセリフが少なくなる傾向がある。そして、無言、あるいは感情の爆発やなんらかの介入で、満足に話もせぬうちに乱暴に対比を打ち切るなど、言葉や論理を尽くしたコミュニケーションを軽視するような表現多用されているとして、語彙力・文章構成力の欠如を指摘する意見もある。

良く言えば、「文章より行間を、セリフより表情を読め」といったタイプの脚本家であると言えるのかもしれないが、それも程度の問題である。両者のバランスをどう考えるかによって、両澤氏に対する評価は分かれてくるだろう。これを極論すれば、「心が触れあえばわかりあえる、言葉は無意味」という表現か、「言葉が無力だというのは、まず言葉を尽くしてから」という表現か、どちらにより魅力を感じるかということになる。言うまでもなく、両澤氏の表現は前者の方向性に属している。

また、両澤が描く物語のメインキャラクターはそのほぼ全てが『完璧な天才』である上に、特に両澤のお気に入りのキャラクターについては、ストーリー上での扱いが極めて良く、逆にそれほどお気に入りではないキャラクターでは、たとえメインキャラクターであっても引き立て役程度にしか扱ってもらえないという状態が起きている。それと同時に、男性キャラクター間でのやおい的な要素が至るところで必要以上に散見しているとされ、旧来からのガンダムのファンや、やおい要素に興味を持てない男性の視聴者からは、批判の声が上がっている。

一方、内部事情に詳しいと自称するファンは、そこらの深夜アニメより低い作画の質、論外レベルのバンク・回想シーンに乱用による水増し、実質休映に等しい数度の総集編の挿入などのSEEDシリーズの明らかな作品としての欠点は、「両澤の脚本チェックが余りにも遅過ぎて、一回辺り約3500万と言われる比較的豊潤な予算や人手を無駄にしている事による」と昔から主張してきた。これは飽くまでも根拠のない噂レベルで囁かれるだけであったが、実際には、公式サイト内で大野木寛氏や森田繁氏などがコラムの文面内で、少なくとも製作現場が厳しい内情である事を伺わせた他、最終回目前でメカニック作画監督の椛島洋介氏が自分のblogにて両澤氏を「嫁」と呼び、製作環境を批判した事で、多少の説得性を孕むものとなった。

なお、両澤の脚本の仕事は夫の福田が監督した作品にほぼ限られている。このことが、身内人事の疑いを濃厚にさせ、両澤(ひいては夫の福田)への批判の声を強める要因になっていると言える。



ちょっと、うけたw


ここに、コピペしていいのかな・・・
悪かったら、消しますが・・・


SEED DESTINY・・・問題あるとわかってたけど・・
この文って、ちゃんと、根拠を示してるから説得力があるな~
これくらい、はっきりとした文章をかけるように成りたいデス
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by over_links | 2005-12-08 00:08 | めいぽ


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